2014年10月29日水曜日

関神学生歓迎会

宗教改革主日礼拝の後に「教会レストラン」が開かれ、今秋から当教会にて教会実習をはじめた関神学生の歓迎会が行われました。
ヘルシーな秋の味覚を味わい、当日、関神学生が担当した礼拝説教について語り合うひと時が持たれました。


次週(11月2日)の礼拝のご案内


11月2日 聖霊降臨後第21主日

礼拝10:30より
   
 礼拝へはどなたのお越しも歓迎します。
 一週間の始まりに、慰めと励ましをごいっしょに
 
<この日の予定>
 ・9:30 バイブルクラス
 ・10:30 礼拝(聖餐式)
 ・12:00 聖書通読会
 ・13:00 支援給食活動
  
<礼拝>
 聖書  ミカ    3:5-12(旧約p.1452)
     テサロニケ一2:9-13(新約p.375)
     マタイ   23:1-12(新約p.45)
 讃美歌 (こ)60,(会)60,388(1-3), 262, 388(4-5)
 説教  「 わたしたちの中に 」安井宣生
 司式  関 満能
 奏楽  大江
  
<聖書> マタイによる福音書 23:1-12
 1〔そのとき、〕イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。2「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。3だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。4彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。5そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。6宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、7また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。8だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。9また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。10『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。11あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。12だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。

週報2014-10-26



2014-No.43 2014年10月26日
宗教改革主日

【主日の祈り】
恵み深き父なる神様、あなたの聖なる公同の教会を覚えて祈ります。
どうかあなたの教会をあらゆる真理と平和で満たしてください。汚れていたら清めてください。過ちがあれば正してください。節度を欠いているならあらためてください。良いところを強めてください。求めているところに与えてください。分かたれているところをつないでください。あなたと聖霊と共にひとりの神であり、今も後も永遠に生きて治められる御子イエス・キリストによって祈ります。アーメン

【礼拝式】
司式 安井宣生 
奏楽 樺沢
聖書朗読 池田

前奏
始めの歌  20(こども)
み名による祝福/十戒(式文p.1)
罪の告白/ゆるしの言葉/キリエ/グロリア
主日の祈り
第1の日課 エレミヤ 31:31-34(旧約p.1237)
第2の日課 ローマ   3:19-28(新約p.277)
福音書   ヨハネ   8:31-36(新約p.182)
こどもメッセージ  緒方
讃美歌  240(教会)
説教    「 囚われの身に自由を 」関 満能
感謝の歌  141(教会)
信仰告白      (式文p.7)
奉献   「 憩いの水際に 」聖歌隊
教会の祈り
聖餐の歌  265(教会)
聖餐式      (式文p.12)
ヌンクディミティス  (式文p.18)
派遣の歌    450(教会)
祝福
後奏

【お知らせ】
■礼拝へようこそ。1517年10月31日のマルティン・ルターの神の恵みへの注目と忠実が、後に宗教改革と呼ばれる運動へと発展しました。これからもそれに連なりましょう。まもなく500年です。
■礼拝後に教会レストランが開かれます。関神学生の歓迎のひと時でもあります。どうぞご参加ください。1階にて。
■15時より、教区宣教ビジョンセンターと伝道奉仕部主催の研修会「もっと教会を行きやすくする本」著者を交えて。池袋教会にて。乞うご参加。
■お見舞い、お祝いなどの寄書きに一筆どうぞ。
■31日(金)19:00学生センターにてハロウィンパーティー。
■31日(金)19:00宗教改革礼拝、市ヶ谷教会にて。
■新訳「小教理問答」が出版されます。宗教改革500年記念の一環。900円。予約受付中。申込用紙へ。
■2015年版の教会手帳(1,100円)と聖書日課(年4冊1,600円)。本日、一旦閉め切ります。用紙へ。
□宗教改革500年記念事業シンボルマーク募集中。詳細は掲示もしくはル-テル教会webサイトへ。31日まで。
□帯広教会の「十勝の豆」の注文受付中。11/9まで。
□バイブルキャンプ(11/15-16)参加者募集中。
□バイブルアート美術展。本日まで。目黒区美術館。
□ルーテル学院チャペルへのオルガン設置のためのハープコンサート。11/29(土)14:00東京教会
□クリスマスは洗礼、堅信、転入のよきチャンスです。牧師までお知らせください。
□教区ルーテルアワーの紹介カード。ぜひご活用を。
□野宿者支援活動に連なりませんか。お米(1合からOK)や活動資金の支援も歓迎。次回作業11/2。
□被災地支援募金を行っています。福島の方々の放射線による不安に寄り添う働きを支えます。

【来週の礼拝】11月2日 聖霊降臨後第21主日
聖書  ミカ    3:5-12(旧約p.1452)
    テサロニケ一2:9-13(新約p.375)
    マタイ   23:1-12(新約p.45)
讃美歌 (こ)60,(会)60,388(1-3), 262, 388(4-5)
説教  「 わたしたちの中に 」安井宣生
司式  関
奏楽  大江

【今後の予定】
●主日礼拝 日曜10:30
●バイブルクラス日曜9:30
●聖書に聴く会木曜10:30
●キリスト教入門木曜19:30
●本 日 昼食会、宣教ビジョンセンター研修会15:00(池袋)
28日(火) お母さんと赤ちゃんのためのオ-プンハウス
31日(金) 宗教改革合同礼拝19:00(市ヶ谷)
2日(日) 聖書通読会12:00、支援給食活動13:00、英語読書会14:00
4~6日 JELC常議員会(牧師)
9日(日) こども祝福式(礼拝中)、定例役員会、秋のルターセミナー16:00、小石川バザー
15-16日 学生センターバイブルキャンプ
16日(日) 主日礼拝(説教:増島俊之さん)、支援給食、教区教会全役員協議会15:00(市ヶ谷)
18日(火) 祈祷会(聖書の学びと祈り)10:30
23日(日) 秋の大掃除
25日(火) アドヴェントチャリティバザー開始

【先週の教会】
 19日(日) 主日礼拝  大人46 子4 計50名
 19日(日) バイブルクラス         6名
 19日(日) 聖書の学び           7名
 23日(木) 聖書に聴く会          5名
 23日(木) キリスト教入門         9名

【当番】
本日
 聖書朗読 池田
 受付・祈祷 長岡
 受付・点火 安井し
 生け花   宇野く
 献 花   大江(誕生日)、樺沢(息子誕生日)、安井の(誕生日)

次週(2日)
 聖書朗読 後藤
 受付・祈祷 増島と
 受付・点火 益田て
 生け花   村尾た
 献 花   稲山夫妻(結婚記念)、内田(父記念)

【今週の聖書日課】 詩編46 
 ■聖書日課ホームページ■ http://seishonikka.org/
 27日(月) 詩編40      
 28日(火) エレミヤ26:1-16 ペトロ一1:3-9 ヨハネ14:21-27  (使徒シモンとユダの日)
 29日(水) 詩編41
 30日(木) 詩編42(-43)     
 31日(金) エレミヤ31:31-34 ローマ3:19-28 ヨハネ8:31-36 (宗教改革記念日)
  1日(土) イザヤ26:1-13 黙示録21:22-27 マタイ5:1-12(全聖徒の日)
                      
【集会のご案内】
 主日礼拝  毎週日曜日   10時30分より
  (こどもから大人までどなたでもご遠慮なくご参加ください)
 バイブルクラス(英語で学ぶ聖書講座)毎週日曜日9時30分より
 英語読書会 毎月第1日曜日 14時より(次回11/2)
 祈祷会   毎月第2火曜日 10時30分より (次回11/18)※イレギュラー
 聖書の学び 毎月第3日曜日  9時20分より (次回11/16)
 読書会   毎月第3木曜日 13時より(次回11/20)
 こども礼拝 毎月第2・第4日曜日(次回10/26)、こむぎクラブ
 聖書に聴く会  毎週木曜日 10時30分より
 キリスト教入門 毎週木曜日 19時30分より /求道者会(入門講座)随時
※キリスト教や聖書について、信仰についてお知りになりたいことのある方や、
 洗礼希望の方、また相談のある方はご遠慮なく牧師までお申し出ください。

【本郷学生センター】※英会話クラス。火曜日~金曜日。
 Christianity Today  毎週金曜日18時15分(無料)

 English Coffee Hour 毎週金曜日19時30分

2014年10月28日火曜日

聖歌隊賛美(2014年10月26日 宗教改革主日)



宗教改革主日に「憩いの水際に」(Beside Still Waters)
Bernard Hamblen作詞作曲、森田稔教訳詞を献げました。
ピアノ伴奏は大神さん。

救いの確かさ、それは神様がイエス様の十字架を通して、一方的に与えてくださる赦しの恵みです。
宗教改革者マルティン・ルターは当時の2大権力、教皇と皇帝を相手に自分が再発見したこの真実のために闘いました。

彼を支えたものは何でしょうか。
人間的に見れば、彼の勇気、真実への確信でしょうか。
しかし信仰的に見れば、常に彼の傍で励まし続けられたイエス様の存在を彼が見つめていたからではないでしょうか。

「憩いの水際に」は私達に訴えます。
良い羊飼いの主が、重荷負う私達を憩いの水際に導き、悩みは取り去ると。
暗き道を行き、空しくなっても、
決して望みを捨てるな、恐れるな、怯むな、
闇はやがて過ぎ去ると励まし、主に導きを祈るのです。

これを歌いながら、怖れと不安に慄きながらも闘ったルターの姿を思うのです。

神様とルターに感謝しつつ、今日、エボラや「イスラム国」の恐怖に慄く私達に主の導きと、平和を祈ります。
 
sakai
 

2014年10月21日火曜日

英語読書会(2014-11-20)のお知らせ



次回の英語読書会は、

2014年11月2日(日)14:00〜15:30
「MERE CHRISTIANITY」
 Book 3 第11章「信仰」(Faith)を取り上げます。
 Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。
 また、翻訳を読んで参加される方もおられます。
 どうぞ自由にご参加ください。
 参加無料。

読書会2014-11-20のお知らせ



次回の読書会は、
1120日(木)13:00-15:00
取り上げる本は「日本の知恵 ヨーロッパの知恵」 松原久子著 三笠書房です。
どなたでもご参加いただけます。

本郷教会・学生センター

読書会2014-10-16「ある明治人の記録 会津人 柴五郎の遺書」



読書会 ある明治人の記録(会津人柴五郎の遺書)  20141016

「会津人は鹿児島の人とは結婚しない」と聞いたことがあります。
戊辰戦争の恨みからだと言いますが、本書を読むとさもありなんと合点です。

それにしても大政奉還を奏上して単身大坂から逃げ帰り、江戸幕府を突如放擲した
将軍慶喜の行動についてどのように受け止めていたのかがよくわかりません。
今ならさしずめリーダーとしての資格が云々されるのでしょうが柴五郎は一言も
恨み節をいいません。
「敗軍の兵、将を語らず?」これも武士道というべきでしょうか。

極寒の移封先下北半島での悲惨な生活には暗澹たるものがあります。
青森県庁給仕採用の知らせが「荒野の曙光」だったといい、
また外国の軍艦に忍び込み海外渡航を企てた、といいます、どの国でも殆どの移民たちは青雲の志を抱いて外国に向かうのではなく滅亡から逃れるため他に手段がなかったことを思い知らされます。

メイフラワーの乗員は上陸後、半数が過酷な自然に負けて亡くなったといいます。
多くの犠牲者を出しながらすし詰めの船底に乗って新大陸を目指した人達もいます。
日本にもハワイやブラジル移民の悲話があるようです。(大岡昇平:蒼茫)

編者石光は明治維新という価値観の大転換をみて「古事記以来、私どもは、いくたびか
数え切れないほど、しばしば歴史から裏切られ、欺かれ、突き放された」といいます。

古事記、日本書紀は壬申の乱の勝者の記録であり近江朝廷や蘇我氏についてはバイアスが
かかっているそうです、公家社会から武家社会への転換、明治維新、第二次大戦の敗戦、
と価値観の大転換を経験し、現在私達は今の価値観を、正しい、として生きています。

しかし資本主義(貧富の格差)とか民主主義(利己主義)とかの普遍的価値と思われるものですら今や問題を抱えているようです、宗教も例外ではないかもしれません。 以上


読書会2014-9-18「武家の女性」



 武家の女性 山川菊枝             2014.9.18

ローマ帝国が滅びた原因は色々あるようですがそのひとつに元老院の弱体化が指摘
されています。 
元老院を構成する名家の滅亡は少子化にもよりますが、度重なる権力闘争に端を発した
殺し合いによるものだそうです。
規模の違いはありますが幕末から維新にかけて[天狗党]と「諸生党」にわかれて
数年に亘り互いに殺し合いを繰り返した両派の内乱は惨憺たるもので女子供を巻き込んだ
で水戸藩の名家の大半は離散滅亡してしまいました。
「明治新政府の中枢に水戸藩出身者が少ない。」となげく土地の古老の声が伝えられます。

水戸は徳川御三家ですが光圀の大日本史に象徴される勤皇思想の強い土地柄で流れを汲む斉昭などは維新後、戦前の日本ではたかく評価された藩主です。
幕末では「安政の大獄」で隠居させられ、桜田門外に水戸浪士の暴発を招きます。
会沢正志斉、藤田東湖、青山延于(著者の曾祖父)などは水戸学の中心的存在でした。

天狗党の旗頭、武田耕雲(加賀で捕えられ斬殺)の末娘(23歳)が5年間牢屋に入り、維新後出牢を許された時に「それじゃあもうこんなおいしいおこうこは頂けないのでしょうか」といったという言葉(p163)は衝撃的です。
牢内のおかずは沢庵と決まっていたそうです。
これは笑うべくしてあわれな話かもしれません、しかし私にはこの言葉は「幸せとはなにか」を厳しく問いかけてくるように思えるのです。

着物が縫えて髪が結えるようになる145才で結婚し、七去三従の教えの中黙々と生きる女性たちの姿を女性解放論者の著者は憧憬の念を交えて書きとめています。
近代の人が見れば理不尽で不幸な存在としか言えない状態ですが彼女たちにとって不幸なことだとは夢想だにしなかったでしょう。 
「知らぬが仏」といってしまえばそれまでですが・・。
著者は「女たちは貧苦とたたかい、迫害を忍んで、黙々として家を守り子供を育ててきたのでありました」と喝采をおくっております。

耕雲の末娘が牢の中で「おこうこを頂いて」感じていた幸せはどんな幸せだったでしょう。
現在の私達が当時の女性暮らしを「可哀そう」と思うのは思い違い、と言えそうです。

満たされない欲望情報が充満する現代をストレス一杯で生きる女性(男性も)と当時の水戸の女性とどちらが幸せなのでしょうか・・幸せとは何かが問われています。


その他、私のメモをいくつか列挙します(順不同)、

塾:教師は世襲ではなく藩が認定する、学費は安く兄弟が何人いても一人分払えばいい。
  筆墨のない子には教師が与える、クラスは家族同然、教師は天職。
  女は4歳から12歳まで手習いをやり15歳まで縫子として着物を縫う。
着物:女の財産で夫も不可触、糸から作ったので相伝物が多かった。
しかし幕末の開国で一変する(貨幣経済)。
住居:藩所有の敷地(300坪~数千坪)に広大な屋敷があり保全に手が届かず化物屋敷が
   多かった。 同居人は独立できなかった次男三男、父方は勿論、時に母方の親戚
縁者、妾、或いは父、祖父の妾、家僕、女中、遠戚など大家族で藩の福祉行政の届かぬ所を家(庭)が補っていた。
結婚:奥様(正妻)お部屋様(身分違いの正妻)妾とありお部屋様以下は自分の子でも
主人として仕える、奥向きは奥様(お部屋様)の権限範囲。
家録が世襲制であることが大きかった。長短相克か。
男女とも若死が多く再婚も多かった。
婦道:婦道教育は以心伝心で出来ていた。(武士道と同じか)
贈り物:手作り(自分で削った竹の箸など)のもので金を払って買ったものではない。
入浴:週一度(もらい湯もあり)、清拭、行水、腰湯など毎日、
江戸の銭湯では見ず知らずでも互いに背中を流し合った。
食事:質素で素材は殆ど自給、味噌は自家製で毎食味噌汁。納豆の記事はなかった?

「武士の娘」と言う同じような題名の本があります。
やはり幕末維新を経験した長岡藩の家老の娘、杉本鉞子(えつこ)という著者によるものですがこちらの方が明るい、民俗学的には山川の方が興味深いものがありますが一読を
お勧めします。 以上

   

読書会2014-6-19「武士道」



読書会 武士道 新渡戸稲造          2014.6.19

グローバル化の中で日本人としてのアイデンティティーが問われています。
子供のいじめや若者の無気力化、非行が目立ちます。
官僚や政治家など指導的地位にある階層の無責任な姿勢も目につきます。
親も学校も精神面での教育をどのようにするのか手つかずの状態です。
戦後70年の日本の歩みの功罪のうちここにきて罪の方が姿を現してきたと思われます。

日本人が人として生きて行くときの価値基準というかバックボーンを失って70年の
長い時が過ぎました。
仏教や神道、皇室が求心力を失い、キリスト教は全人口の1%と停滞し宗教が役割を果たすという状況ではありません。
現在日本人の価値基準のなかには欲望という癌が巣食っていて増殖を続け社会の機能を
マヒさせているという危機意識を持つ人もいます。

新渡戸稲造が今の日本を見たらなんというでしょうか、「1億光年の星の光は1945年を
もって地上に到達することをやめた、しかしもう一度あの星を取り戻そうではないか、
日本人の意識下の意識(唯識)には未だその余光が残っている。」と言うのでしょうか。
それとも「過去千年をかけて培ったものが百年を待たずに壊滅した、日本民族に巣食った病巣は深い、民族の再生があるとすれば残念だがかなり先のことになろう。」とさじを投げるのでしょうか。

最終章、「武士道の将来」は、いまバンコクの涙を飲んで民族の挽歌に代えようというのでしょうか、いやそうではない、といいたいものです。

内容をメモしました。
第一章      道徳体系としての武士道
武士道は日本固有の文化であり1900年現在まだ生きている。
武士道はノブレスオブリージュである。(貴族の道徳)
武士道は不言、不文(不立文字)であり行いにより確保される。
    (ラスキンの、戦争で学んだものを平和で浪費した。は興味深い表現)
    (In war,resolution;in defeat,defiance;in victory,magnanimity;in peace,goodwill.   W.Churchill を想起する)

第二章      武士道の淵源
仏教(禅)- 平常心、服従、沈着、死を恐れぬ心
神道- 忠君、孝、愛国(自然崇拝)
儒教-五倫の道は古来より日本に存在した。 君臣、父子、夫婦、長幼、朋友。
   知行合一を重んじた陽明学が影響を与えた。
   これらは16世紀に最高度に発揮された。
   (父子親あり 君臣義あり 夫婦別あり 長幼序あり 朋友信あり 孟子)

第三章     
裁断の心なり、道理に任せて決心して猶予せざる心(林子平)
(義を見てせざるは勇なきなり)
世事にいう義理にはあらず。
    (道理に戻りて曲を蒙るの日に至っては世界中を敵にするも恐るるに足らず。
    日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさずとはこの場合なり。
    -福沢諭吉、学問のすすめ。)

第四章      勇 敢為堅忍の精神
敢為の行為が勇気の動態的表現たるに対し平静はその静態的表現である。
勇敢なる人は常に沈着である。
(深沈厚重は是れ第一の資質、磊落勇豪は是れ第二の資質、聡明弁才は第三の
資質なり。 敵に塩を送った謙信によれば経済制裁は卑怯な手法となる?)
(先代萩、大田道灌の最後、前九年の役、謙信塩を送ること)

第五章      仁 惻隠の心
キリスト教の愛に近い概念-「武士の情け」という表現がある。
政治は仁に依らねばならない。 
武士は優雅の感情を持つために詩歌を作るがこれは他人の苦痛に対する思いやり
(惻隠)を生み、他人の感情を尊重することから生ずる謙譲、慇懃の心は礼の
根本をなす。(一の谷ふたば軍記、大高源吾、薩摩守忠度の歌)
The bravest are the tenderest ,the loving are the daring. デロール英政治家)

第六章     
他人に対する同情的思いやりの表れで殆ど愛(仁)に近い。
何かをなさんとする時それをなす最善の道がありそれは最も経済的であると同時にもっとも優美なる道であるものを礼儀作法とする。 茶道もしかり。
礼儀は仁愛と謙譲の動機により発し、他人の感情に対する優しき感情によって
動くものでそうでなければ虚礼である。

第七章     
誠のない仁は茶番であり芝居である。
武士に二言はない、武士は誓いをなすことを恥と考えた、証文は商人の業。
虚言は罪ではなく弱さとして不名誉とされた。
一の真実は果たして勇気以上の動機を持つや、と問う。
(勇気ある嘘も時にある?至誠にして動かざる者は未だこれあらざるなり-孟子)

第八章      名誉
名誉の裏に恥がありこの方が効いた。
(西洋を罪の文化、日本を恥の文化とした。-Rベネディクト
Man is the only animal that brushes. –Mark Twain
An injury is much sooner forgotten than an insult.-Chester Field
最近の親は子供に恥を知れという叱り方を忘れている?)

第九章      忠義
中国では孝を第一とし日本では忠を第一とした。
菅原伝授手習鑑はアブラハムのイサク奉献と同根であるとした。
忠義心と良心は別物で良心に戻った忠義は忠臣ではなく寵臣、佞臣とされた。
死を賭しての諌言(諌死)もあった。
キリスト教と皇室問題をとりあげて大逆という意見に弁明がなされている。
武士道は我々の良心を主君の奴隷となすべきことを要求しなかった、という。
(忠臣は二君に仕えず 貞女は二夫にまみえず)

第十章      武士の教育及び訓練
教育の第一の要点は品性を建てるためにある。
智仁勇の智は行動のための判断力を指している。
読み書きはよいがそろばんは蔑視された。
財政は下級武士のしごとであり武士は金銭に基づく凡百の弊害から久しく自由であった。
教師の職業は神聖なものとされた、「知識でなく品性が、頭脳でなく霊魂が琢磨啓発の素材として選ばれた」からである。(現代の教育現場への痛烈な提言か)
          
第十一章 克己
     勇も礼もその裏にはストイックな心性がある。
     日本人の感受性が鈍いわけではない。抑制を教えられてきた。
キリスト教の信仰告白については日本人にとって「最も神聖なる言葉、最も
秘かなる心の実験を烏合の聴衆の中にて述るは真に耳ざわりである。」という。
同様な表現は内村鑑三にもあり心すべきことである。
「じっさい日本人は人性の弱さが最も厳しい試練に会いたる時、常に笑顔を
作る傾きがある。」を読むとき今次震災時の東北の方々の顔を思い出す。
千代女の句は胸に迫るものがある。

第十二章 自殺および復仇の制度
     切腹は霊魂の宿る腹部を開いて見せる。
    「武士が罪を償い、過ちを謝し、恥を免れ、友を贖い、もしくは自己の誠実を証明する方法であった。」
生麦事件の切腹の様子が語られる。
死に急ぎは犬死にとされた。山中鹿之助の歌が紹介されている。

第十三章 刀 武士の魂
     刀は芸術品であると同時に武士の魂とされた。
     伝家の宝刀は抜かぬことをもってよしとした。 活人剣が尊ばれた。
     武士の究極の理想は平和であった。

第十四条 婦人の教育および地位
     武士道の求める女性像は勇婦であり家庭的なものでもある。
     死を以って貞操を守るとし短剣を所持した。
     婦人の芸道は家庭人としての奉仕のためのものであった。
     (袈裟御前、木村重成の妻の話)
     アメリカの「女性主権者」のいかがわしさに言及しローマの主婦が家庭性を
失って道徳が腐敗したことを指摘している。
     そして「男女平等はどういう物差しでいうべきかその尺度は複合的性質のものでなくてはならない。」としている。
     夫婦についても「アングロサクソンと日本人は考え方が違っており一方は独立した個人であり他方は自分自身(の一部)である。」という。
     現在の日本の状況を作者はどう見るだろうか?
     当時においてこの章を作った作者の識見に注目したい。

第十五章 武士道の感化
     過去の日本文化は武士道の賜物である。(エジプトはナイルの賜物である)
     芝居、寄席、講釈、浄瑠璃、小説はその主題を武士道から取った。
     「花は桜木人は武士」として全民族の理想とされた。
     本居宣長の歌「敷島の・・」は西洋のバラと比較するとき武士道がよくわかる。

第十六章 武士道なを生くるか
     武士道は抵抗しがたき力として国民を動かして来た。「かくすれば・・松陰」
     維新もこれに依った、現在(当時)もまだ指導理念である。
     武士道は哲学(キリスト教神学?)を必要としなかった。
     キリスト教は日本形成に影響を与えていない。
     現在の宣教師は日本の歴史も日本語も知らないで宣教をしているがキリスト教       
     は武士道に対抗する価値観として大きな勢力となり得る。
     その点から武士道の命脈はそう長く続かないかもしれない。
(現今は虻蜂取らず?)

第十七章 武士道の将来
     騎士道はキリスト教会によって保護された(?)が武士道を保護する宗教は
     なかった。(教育勅語は?)
     神道は古ぼけ儒教は効率主義の敵ではなかった。
     平民主義は指導階級の道徳を認めない。
     キリスト教が救いとなってくれるか―なるだろう。

     環境は厳しいが武士道は日本人の皮膚の下に息づいている。 以上