2011年9月27日火曜日

Week 3 Bible Study


Week 3 Bible Study
September 27th – October 1st
Jesus’ Rules for Living Part I, The Great Commission

Bible Reading:  Matthew 28:36-40
Before Jesus ascended into Heaven he gathered his followers together as gave them this command: 

18 Then Jesus came to them and said, “All authority in heaven and on earth has been given to me. 19 Therefore go and make disciples of all nations, baptizing them in the name of the Father and of the Son and of the Holy Spirit, 20 and teaching them to obey everything I have commanded you. And surely I am with you always, to the very end of the age.”

Teaching Point:  One of Jesus` rules for His followers is that we should tell other people about Him.  Why is this important?  Jesus promises us that through Him we have received an eternal relationship with God and forgiveness from all our sins.  For many people, these things are not important yet, but for some people they are very important, and so as Jesus` followers we must tell people that Jesus has provided these things for us.

2011年9月25日日曜日

次週(10/2)の礼拝

聖霊降臨後第16主日
礼拝10時30分から

聖 書 創世記 50:15-21(旧約p.92)
ローマ 14: 1-18 (新約p.293)
マタイ 18:21-35(新約p.35)
讃美歌 (教会)399,303,417,263,417
説 教 「 借りがあること 」
司式説教 安井宣生
奏 楽  髙原
聖餐式があります。

<この日の行事>
・英語夕礼拝   17時
・バイブルクラス 9時30分
・英語読書会   13時30分
・声に出して聖書を初めから終わりまで読む会 13時30分

聖書
マタイによる福音書18:21-35
21 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」 22 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。 23 そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。 24 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。 25 しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。 26 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。 27 その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。 28 ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。 29 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。 30 しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。 31 仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。 32 そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。 33 わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』 34 そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。 35 あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

2011年9月24日土曜日

2011年9月の英語読書会

英語読書会は、2011年4月から、新しいテキストとして、私(増島)が書いた「あなたに聞いて欲しい聖書の世界」(教文館、2010)を使用しています。今度の書物も、和英対訳です。英語の標題は、“The World of the Bible-Hear How It Lives Today” です。「もっぱら聴くだけよ」という参加者もいます。参加無料です。この会には、Paul ForsythさんとJohn Hoyleさんという2人のアメリカ人が参加しています。参加者が順番で英文を読んだ後、Native Speakerが流麗な英語で朗読してくれます。いつも活発な話し合いがありますが、英語よりも日本語で行われる方が多いです。本の余部も教会に置いてありますので、入手ご希望の方は私にご連絡下さい。

2011年9月4日(日)午後1時半に開かれた英語読書会では、『あなたに聞いて欲しい聖書の世界』の第4章「働くことは重荷か生き甲斐か」(Is Work a Burden or Blessing?)の75頁からです。第4章は、私が2008年5月、青山学院大学のチャペル・ウィークでお話ししたものです。これから働き始める学生にとって働くことの意味を考えることはとても大切ですね。でも学生にだけでなく働く人にとって本当に重要なことです。

みなさんは天職という言葉をお聞きだと思います。しばしば、看護師、医師、教師などの仕事がその典型であると言われます。美術や音楽を仕事としている人も天職であると考えておられることでしょう。でも本当にそうでしょうか。ある病院で看護師をしていた人が3人突然辞めて間もなくアルバイトサロンに美しい衣装に身をまとって現れました。みなさんはこれをとんでもないことだと思いますか。私はそうは思いません。天職かどうかは、客観的に決まることではなく、働く人がどのような考え方を持っているかによって決まります。報酬を沢山得て自分がしたい趣味の充実を考えている人にとって、朝から夜まで、時に夜勤までして患者のために尽くす仕事は、とても耐えられないことでしょう。仕事は重荷そのものになります。旧約聖書の創世記にエデンの園から追放された人間に対して神は、これからは「お前は顔に汗を流してパンを得る」ようになると言われます。働くことを重荷として生きなければならない、と言われるのです。聖書の主張は、誰にとっても働くことは本来重荷なのです。では、その重荷がどうして生き甲斐になっていくのでしょうか。その意味でどのような人生観を持って生きるかということは、重荷を生き甲斐に転化する重要な契機なのですね。

私は信仰(人生観)を与えられた後、どんな仕事が自分の天職になるだろうかと考え続けました。その観点から日本の行政制度・運営の立案の仕事は社会に奉仕する意味のあるものだと、長い間考えてきました。しかし、あるとき、自分が常に意味のあることをしているかどうかに固執する考え方は狭いのではないかと思うようになりました。イエスさまが私たちに命じたことは、立派な仕事をしなさい、というのではなく、隣人を愛しなさい、ということだけでした。世の中にあって周囲の人々の隣人になりなさいということでした。その考えを持って自分の周りを観察すると、私たちはどのような場でも人に助けられ、人を助ける関係の中にあることが分かります。そして職場というところはその関係が実に密度濃く展開するところなのですね。ですから、結論として、働くということは、自分の世界から押し出されて、人々との交わりの中に生きることなのだと、考えるようになりました。

読書会での話し合いでは、ある会社の研修部長として充実した人生を送ったということや、教師として働いて本当に良かったということや、今回の読書会で今まで無意識に過ごしていたことを反省させられたことなどが語られました。主婦の仕事も本当に大切ですよね。主婦によって夫も子供も全く変えられてしまうのですから。そのことを参加した主婦の方々が発言されるかと思いましたが、遠慮されていました。

1. 次回の英語読書会は、10月2日(日)午後1:30-3:00です。
2. 読む箇所は、『あなたに聞いて欲しい聖書の世界』“The World of the Bible: Hear How It Lives Today” 第5章「職業人のための極意」(Insights for Working People)86-95頁です。その極意はなんと聖書の中にあるのです。みなさん是非参加して下さい。

2011年9月21日水曜日

ビギナーバイブル(2011/9/16)

残暑が厳しい中、秋学期が始りました。
9月16日のBeginner Bible クラスはJohn先生と3名の参加者、そしてスタッフの酒井の5名で行われました。

春学期はイエス様のみ業やみ言葉を中心に学んできました。
今学期はイエス様が私達の罪の赦しのために十字架に架けられ、3日目に甦られ、昇天された後の弟子達の働きを学びます。

一回目となる聖書箇所は使徒言行録1:1〜2:13です。
内容はイエス様が甦られ、40日間弟子たちに現れ、教え、聖霊を降すお約束をされ、昇天された。その後イエス様を裏切り、自殺したユダの代わりの弟子の選出をくじにより行い、マ
ティアが選ばれたこと。
五旬祭の日に一同が一つになって集まっているところに激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、一人一人に聖霊が降り、多くの言語で神の言葉が語られ、物音に集まって来た人々を驚かせたことです。

参加者の質問や意見
1)何故マティアとバルサバの二人が選ばれたのですか。
→イエス様が地上で教えられた日々を最初から終わりまで共にしたからです。
2)多くの言語で神の言葉が語られるとは信じ難いことですが、
「バベルの塔」の話と反対のことが起こったようですね。
→素晴らしい意見です。
これからイエス様の教えがイスラエルを超えて世界に拡がる前兆とも言えますね。
ユダヤ人とって大切なお祭りの一つ、五旬祭の時なので、
ディアスポラと言われるイスラエルから遠く離れて暮らしていた
ユダヤ人やローマからの人、ユダヤ教の人ユダヤ教に改宗した人々が
エルサレムに来ていて其々の故郷の言葉で神様の話を聞くということが
起きた不思議な出来事です。
3)私にとって新しい経験、新しい世界を知りました。(初めて参加された方)

2011年9月19日月曜日

シロカニペ祭が行われました












今年も知里幸恵さんの召天日である9月18日に、当教会にて「シロカニペ祭」を行う機会に恵まれました。

震災、また台風等での大きな被害があり、自然の力の前に人間は本当に小さな存在であること、謙虚さを持たねばならないことを考えさせられる中で、アイヌの人たちの自然へ畏敬を改めて思います。


先の会では、アイヌ神謡集より「コンクワ」という詩が朗読されました。
それは梟の神の歌であり、飢饉のために人間が餓死しそうになっているのに、鹿や魚も捕れず困っており、それが気がかりで梟の神は天国に帰れないでいる。し かしそれは、人間が鹿や魚を粗末に扱ったからであり、感謝して丁寧に扱うならば元の通りになると聞き、人間に夢の中でそれを伝えるというものです。
飢饉になれば自然を呪い、地震となれば自然を恨むのは仕方が無いことですが、アイヌの教えに人間の側の被害的意識ばかりでなく、自然の側に心を向けることを教えられます。


ゲストとしておいでくださった榎本真喜さんは、美しいアイヌ刺繍の服を着られて、これまでのご自分のこと、お父様のこと、シロカニペ祭の創設者である舞香さんのことなどを「生きていることば」でお話しくださいました。

会の結びに、知里幸恵さんを偲び、また彼女が残してくれた生き方を継承していく決意をしつつ、献花がなされました。大勢の方がおいでくださり、このような時をご一緒できたことを感謝しています。

来年も、9月18日にシロカニペ祭を行います。

2011年9月16日金曜日

祈祷会(聖書の学びと祈り会)20110013報告

■コリントの信徒への手紙二(第13回)11:16-33
<学び>
前回の続きでパウロの「誇り」(カウカオマイ)がテーマになっている、新約聖書中37回登場する「誇り」という言葉は、第二コリント中に20回、そのうち17回は10〜11章に集中している。
コリント教会におけるパウロの反対者は「肉に従って誇っている」(18節)。それは自分の能力や業績を誇ることである。

パウロが自分の大変さを表現することは珍しい。
しかし、パウロは個人的に名誉がおとしめられるよりも、福音から離れてしまうことに憂いを覚え怒りに涙して立ち向かっている。自らの主張に反して同じ土俵に立って戦うことを「愚か」といい、「肉に従う」ということ、またコリント教会の人々が「我慢してくれるでしょう」(20節)はコリント教会の人々に対する痛烈な皮肉である。

しかし、パウロは愚かになりきれない、自分を誇ることに徹しきれない。
彼の誇りの内容は、やがて「キリストに仕える者」として自分の弱さ苦しみを語ることに移っていく。
労苦、苦難、無力・・・その中で「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(12:9)へとつながっていく。
人間の無力の極みに、キリストが立ち、キリストが働き、キリストが満ちる。
偶像礼拝について「ふしぎなキリスト教」の本の中から説明を聞いた。
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 8月の夏休みのあと2ヶ月振りの集いでしたが、体調が優れない方、術後の静養中の方、お仕事の方、欠席され、ちょっと寂しい会でした。
パウロについていろいろ質問が出て、12使徒と違う立場で世界にキリストを伝えて行ったことが分かちあわれた。この時代にもパウロのようなパワフルな情熱的な伝道者が必要であるかもしれないが、もしこのような人が現れたら、自分はコリントの人のようにその人を批判し、ついていかないかもしれない、などと話し合った。
自分の罪、弱さを語られ常に悔い改め新しくされキリストに変えられ生きている。
昨日仲秋の名月を、放射線治療を終えたお連れ合いと、どじょう鍋とお酒で愛でた喜びを語られ、共に神様に感謝しました。

<祈り>
東日本の震災、原発事故の被災者の方の一日も早い復興と希望を。
家族との悲しい別れの中にいる方に慰めを。
新しい出発をされるかたに力を。
私たちの群れの方々の病の早い回復。
家族の方々の病の回復と介護の上に慰めを。
高齢のため礼拝出席できない方々の上に祝福を。
新しく始まったセンターの働きの上に恵みを。

出席者   5名
ランチ   夏休暇から戻られた宣教師、J3、あき君が加わり、賑やかに8名で楽しい一時でした。

次回は10月11日(火)10時30分からです。
参加をお待ちしています。

2011年9月7日水曜日

聖歌隊報告2011年8月

暑い日々ですが、礼拝後、皆で歌声を上げ合唱のを練習するのは楽しいものです。

今週は、西澤先生のご指導により、いつものように柔軟体操と発声練習をしてから「ハレルヤコーラス」を歌いました。クリスマスに歌う予定ですが、A〜Gまである楽章のBまでしかいつも進めません。理由は各自の練習不足で、同じようなことを何回も注意されるからです。それでも先生は忍耐強く朗らかに教えてくださいます。家でも、テープを聞いたりして声を出す練習をしましょう。

もう1曲、森田先生が訳詞を付けられ、英国の民謡からとった曲で、詩編23編を歌った「主はわがまきびと」(The Lord is my shepherd)という曲を練習しています。歌の中にソプラノを除き、各パートでアーアーという嘆息が流れたりするのですよ。これは宗教改革記念日に歌えるようにしたいと思っています。

9月は第3日曜日(18日)に、森田先生がその歌の指導に来てくださいます。