2011年1月31日月曜日

ビギナーバイブル2011年1月28日

 
1月28日のビギナーバイブルは2名の参加者とMatthewさん、スタッフの酒井の4名で行われました。

参加者から、ピラトがイエスについて報告している文章が残っていることを教えて頂きました。
 
「神様とは何か、日本人は先祖を神様とするがそれとは異なるのか。」という質問が出されました。
 
創世記1章を読み、「神様は全てを創造されました。神様は私達の祖先も創造されました。」と説明し、
「宇宙も神様が創造されたのか。」との質問には「そう考えます。」とお答えしました。

「宇宙の始まりについて科学が説明していることと異なるが・・・」と質問がなされました。
これについて、「人間の知識は有限で、全てを知ることは不可能です。科学で聖書に書いてあることを証明しようと試みる人々もいますが、古代から神様が人間に啓示されてきたことが聖書に残ったと考え、そのことに心を向けたい。」と述べますと、深く頷いておられました。

「イエス様と神様との関係」について質問されたので、ヨハネ1章1節〜18節を読み、「言」がイエス様であり、神様と共にイエス様は創造の始めから居られたこと、全てのものがイエス様によって創造されたこと、「暗闇」は罪ある人間達であること、その罪ある人間を救うためにイエス様が受肉され、この世に来られたことを説明しました。

「キリスト教は旧約聖書と新約聖書の両方を聖書としているのか」との質問には、「イエス様は旧約聖書の中に自分のことが書いてあると言われていますので両方が聖書です。」とお答えしました。

報告:サカイ 

2011年1月24日月曜日

ビギナーバイブル2011年1月21日

2011年1月21日はとても寒い日でした。
それでもビギナーバイブルにお一人の参加者が与えられ、
Matthewさん、スタッフの酒井の3名で行いました。

コリントの信徒への手紙12章27節〜31節を読みました。
 
そもそも私達の命そのものが神様からの賜物であることを確認しました。
さらに神様は一人一人に他の人とは異なったその人に相応しい賜物を与えて下さっています。
 
それでは私達各々に神様から与えられている賜物は何かを考えました。
賜物を与えられていないとお考えのようでしたので、
「正直に話されること」「周りの人々を和ます」賜物があるのではとお伝えしました。
 
次にその賜物はどの様に使われることを神様は望まれているかを考えました。
ヒントとしてコリントの信徒への手紙13章1節〜13節を読みました。
「愛」がよく分からないと言われたので、
一例として「家族の看護をすること」をあげました。
最後に入院されている参加者の御父さまの回復を皆で祈りました。
 

2011年1月21日金曜日

読書会20110120「啄木歌集」

今回は「啄木歌集」を取り上げました。

「牛飼いが 歌詠む時に世の中の あたらしき歌大いに起こる」
伊藤左千夫は新時代の到来をうながした。

岩手渋民村出身の啄木は、和歌を平易な「詩」に変えることであたらしい歌を提起した。

与謝野晶子は啄木の死に臨んで
「啄木が 嘘を云うとき春風に 吹かるる如くおもいしもわれ」
と詠んで彼の人柄を愛したことを述べている。

以下、歌集(一握の砂、悲しき玩具)より人口に膾炙したものを列挙する。

「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて蟹とたわむる」

「頬につたうなみだのごはず一握の 砂を示し人を忘れず」

「大といふ字を百あまり砂に書き 死ぬことをやめて帰り来たれり」

「たはむれに母を背負ひてそのあまり 軽ろきに泣きて三歩歩まず」
 (もと之れ同根より生ず、と嘆いた曾稙七歩の吟を想起する)

「こころよく我にはたらく仕事あれ それをし遂げて死なむと思う」(就活の厳しさ?)

「『さばかりの事に死ぬるや』 『さばかりの事に生くるや』よせよせ問答」

「鏡屋の 前に来てふと驚きぬ 見すぼらしくも歩むものかな」 (老人の実感?)

「はたらけどはたらけど猶わがくらし 楽にならざりぢっと手を見る」
(じっと手を見るではじっとりした手のよう、現代仮名使いの壁か?)

「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買い来て妻としたしむ」(妻のありがたさ)

「顔あかめ怒りしことがあくる日は さほどにもなきをさびしがるなり」
(照れくささと自己嫌悪)

「己が名をほのかに呼びて涙せし 十四の春にかえるすべなし」(若き日の陶酔)

「先んじて恋の甘さとかなしさを 知りしわれなり 先んじて老ゆ」(早熟の嗟嘆)

「ふるさとの訛なつかし 停車場の 人ごみの中にそを聴きにゆく」(上野駅に碑あり)

「石をもて追わるるごとく ふるさとを 出でしかなしみ消ゆる時なし」

「ふるさとの山に向かいて 言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」
(ふるさとの人と自然とに対する屈折した思い、室生犀星は
  ふるさとは遠きにありて思うもの そして悲しく詠うもの 
   よしやうらぶれて異土の乞食(かたい)となるとても
   帰るところにあるまじき・・ と詠った。)

「わが村に 初めてイエスクリストの 道を説きたる 若き女かな」

「わが為さむこと世に尽きて 長き日をかしくもあはれ 物を思うか」(退職述懐)

「おそ秋の 空気を三尺四方ばかり 吸ひてわが児の死にゆきしかな」

「かなしくも 夜明くるまでは残りいぬ 息きれし児の肌のぬくもり」
(序文に「亡児賢一に手向く」とある、

 山上憶良の
「少(わか)ければ 道行知らじ 幣(まい)はせむ 黄泉(した)への使い 背負(おい)て通らせ」を想起する・・憶良もまた同じ悲しみにくれた?

 憶良は「栗はめば 子どもおもほゆ 瓜はめば ましてしのばゆ いづくより 来たりしものか まなかいに もとなかかりて やすいしなさぬ」と詠み、
 また「しろがねも こがねも玉も なにせむに まされるたから 子にしかめやも」
 と子煩悩ぶりを発揮したが貧窮問答歌などで社会の闇をも見つめている。

 啄木も「百姓の 多くは酒を やめしといふ もっと困らば なにをやめるらむ」
 と問題提起をしている。

 与謝野晶子が「君死にたまうことなかれ」と日露戦争反戦を詠い国賊とののしられても
 「おなごは いくさぎらいにて そうろう」と姿勢を貫いた同じ心情が啄木をして
 大逆事件のあとA letter from prisonを世に残さしめた。 享年26歳。

皆で参加者のお連れ合いが書かれた文章「啄木釧路に漂流す―極冷えの76日間」を読み
啄木の知られざる側面を発見して興奮しました。
 
それにしても明治の作家たちはどうしてこうも貧乏だったのでしょう。
社会保障制度が行き届きすぎている現代では想像を絶するものですした。

大逆事件に関連して、今の我々をリードすべき価値観はあるのかという議論がなされました。
キリスト教を奉ずる教会において・・!?。

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総勢9名と賑やかでした。

次回は2月17日(木)
読む本は「ラ・ロシュフコー箴言集」です。
こんどは賑やかではないかもしれません。
                  
 報告:ムラオ
 

2011年1月の英語読書会



 
英語読書会は、2009年後半から、教会員の増島俊之さんの著書「あなたに話したい聖書の世界」(教文館)をテキストに使っています。
本書は、和英対訳です。英語の標題は、Let Me Share the World of the Bible (translated by Thomas Dillon)です。
本を開くと左の頁が和文、右の頁が英文になっています。英語読書会では、右の頁の英訳を読んで話し合います。

読書会では、英語で話しても日本語で話しても良いことになっています。「もっぱら聴くだけよ」という参加者もいます。参加無料です。この会には、アメリカ人が2人参加しています。参加者が順番で英文を読んだ後、Native Speakerが流麗な英語で朗読してくれます。
発音も直してくれます。

2011年1月16日(日)に英語読書会が開かれ、次の3章を読んで話し合いました。

No.34 Stepping through the World of Mist(薄もやの世界を抜け出たい)
No.35 The Reason Why Christian Evangelism is not Working in Japan(日本のキリスト教宣教が進まない理由)
No.36 What the Church is Asked to Do to Spread God’s Word(宣教のために教会がすべきこと)
 
増島さんは、キリスト教の歴史学者海老沢有道先生との出会いを語ってくれました。

「あるとき、東大赤門前の古書店で、先生の書かれた『京畿切支丹史話』を求め、読み、驚きました。ザビエルの宣教開始後目を見張るような速さでキリスト教が広まっていきますが、その陰で元琵琶法師ロレンソの縦横無尽の活動あったことを知りました。私は先生にお会いしたい一心で、先生のご自宅を訪ねました。先生は快く迎えてくれました。私は、『何故日本の宣教は進まないのでしょうか』と質問をしました。先生は、即座に二つ理由を挙げられました。一つは、日本の教会は日本のキリスト教の歴史を学んでいない。もう一つは、日本のキリスト教は観念として説かれていて、体験として説かれていない。この2点でした。二つとも腹の底にこたえる指摘でした。」

戦国時代のキリスト教信者は、人口の1.8%に及んだそうです。有名な『日本史』の著者ルイス・フロイスは、第一線の伝道活動を退き、日本の政治、社会の研究を行い、第一線の宣教師に伝道のために有用な情報を提供しました。イエズス会というのは凄い組織ですね。同時に、当時の大衆にとって、貧困と極度の身分差別の中で人間尊重の思想は信じられないような福音だったのでしょう。後の切支丹弾圧の中で多くの信者は悲惨な苦しみの中に置かれますが、この世の地獄の中で、人間が重んじられる天国をひたすら仰いで、殉教の道を選んでいきました。

増島さんは、教会としても、個人としてもこれからすべき大切なこととして次のことを挙げています。
① 今人びとが何を求めているかを確実に把握すること
② 現在のクリスチャンがどのようにしてキリスト教を信じるに至ったかということを個別的、体系的に研究すること。その観点から、日本福音ルーテル教会編『宣教百年東教区証言集』(1993)は、素晴らしい資料であること。
③ 人の心を揺り動かした聖書のみ言葉を研究すること、そして、伝道のわざに携わる者は、その恵みのみ言葉を心に、頭に刻み込むこと。
④ 日本の16世紀から始まるキリスト教の歴史をもっと深く学ぶこと。

次回は2月20日(日)14:30から16:00までです。
勉強する箇所は、『あなたに話したい聖書の世界』の最終章「教会へどうぞ」の3編で、No.43(Church: The Fellowship of Believers)、No.44(When Opportunity Knocks)、No.45(Welcome to Church!)です。
合わせて、この書物から各自が学んだこと、考えたことを発表することになっています。
どうぞオブザーバーで結構ですから参加して下さい。
増島さんは、次回でようやく終わりになるということで、なにやら安堵しているようです。
 
 

2011年1月18日火曜日

2011年1月17日月曜日

ビギナーバイブル2011年1月14日

 
2011年1月14日のビギナーバイブルは4名の参加者と
Matthewさん、スタッフの酒井の6名で行われました。

冬学期初めてのビギナーバイブルでは、ローマの信徒への手紙3:21〜31を読みました。

お1人の方が初めておいでくださったこともあり、基本的用語を説明し、ご質問にお答えしました。
1)旧約の神様と新約の神様は同じですか?
  同じです。
  旧約の中にイエス様についての預言が書かれています。
  キリスト教は旧約、新約共に聖書としています。

2)霊とは?
  神の働き。
  創世記1:2に「神の霊が水の面を動いていた。」とあり、世の始めより存在しました。
  イエス様が昇天されるときに聖霊を送ってくださる約束をし、ペンテコステに聖霊が送られました。
  「風」や「息」という意味があり、風は目に見えないが存在します。
  
  また、創世記2:7には
  「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、
   その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」とあります。
  このことから霊は人を生かすものであり、人間は皆兄弟姉妹と考えます。
  
  また三位一体を説明しました。
  私たちは罪人ですがイエス様が十字架の死で贖って下さり、イエス様の故に神様の目に義とされます。

3)律法について
  モーセを通して神様が私たちを護るために与えられた掟です。
  しかしユダヤの人々は、それを人々を疎外し己を誇るものとしました。
  イエス様はそれは間違いであることを、神様と隣人を愛することがその目的であることを教えられました。

  初めて参加された方はとても興味を持って下さり、聖書をご自分で買い求められる意向を示されました。
  感謝です。
  

報告:サカイ

2011年1月12日水曜日

祈祷会20110111

2011年1月11日に祈祷会(聖書の学びと祈り会)

コリントの信徒への手紙二 5章11節-21節
教会讃美歌49{新しい年を迎えて)

2011年の最初の祈祷会。
12月はクリスマスについてでしたから、
今回は11月の続きで、5章の途中からでした。

パウロの正気でないと思われる宣教、
それは「キリストの愛が私たちをかりたてているから」(14節)、
そして「キリストのために」生きる以外にはあり得ないとパウロは語ります。
 
キリストが運んだ「新しさ」は「神からでる」(18節)。
これは、神が申し出た和解(よりを戻す)であり、
パウロたちは「和解の言葉」をゆだねられ、それをキリストの使者として述べ伝えている。

教会讃美歌49の「自分だけ生きるのでなく、はらからと手をたずさえて」
新しい年にふさわしい勇気と励ましを学びました。
 
身近な人への宣教の難しさ、長い教会生活の方の洗礼への誘い、
救いと洗礼の問題を語り合い、その方に寄り添い愛と希望をもって共にいきることだと励まし合いました。

月に1回でも自分の信仰を振り返る時を持つこと、お互いに話し合うことの素晴らしさを皆様にお勧めします。
 
皆さん御用があり参加者は5名でしたが、ランチは10名で美味しく、手作りのアイスクリーム付きでした。
  
次回は2月8日(火) です。

報告:ウノ
 

2011年1月11日火曜日